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お前らはいつもそうやってネガティブコンテンツという救いの手に殺される

10代の頃、僕は信じられない程暗く、ほとんど誰ともまともに会話すら出来ない様な人間でした。

 

そんな僕が見つけ出した物、それがサブカルチャー、その中でもネガティブ性の強いコンテンツだったのです。

「世の中には自分と同じ様な人がいる」「自分みたいな生き方でも良いんだ」「自分の代わりに思った事を言ってくれてる人がいる」、それだけで僕は救われました。

 

ネガティブコンテンツは僕にとってまさに”救いの手”それに触れている時だけ僕の気持ちは落ち着き、晴れ晴れとしていたのです。

 

しかしその様な状態が続いたある日、気付いてしまったのです。

 

 

あれ?ネガティブコンテンツに触れてる時は精神的に安定してるけど、相変わらず日常的に不幸じゃないか?

 

 

そう僕の人生は知らない間にネガティブコンテンツに殺されていたのです。

 

◎ネガティブコンテンツは友達のふりをして近づいてくる

おいおいおいおい!!!!まずいまずいまずい!!!!冷静に考えてみろ!!!!!ネガティブコンテンツが大好きな周りのやつら思い浮かべて見ろ!!!!!!!!ほぼ全員ひとりとして人生が良い方向に行ってないぞ!!!!おいおいおいおい!!!!!!元々良い方向に行ってないから好きになったって言うのもあるけど、それにしても全く改善してないぞ!!!!!!まずいまずいまずい!!!!!おい!!!!そこのネガティブコンテンツ好きのお前!!!!!お前もちっとも人生良くなってないだろ!!!!!!

 

確かにネガティブコンテンツに触れる事で気持ち的に救われたりする事は多いにあると思います。

それによって気持ちをリセットして良い方向に行く事も可能でしょう。

しかし、結局良い方向に行けるどうかは自分次第、ネガティブコンテンツが手伝ってくれるのは気持ちを晴らす事のみです。

 

しかもネガティブコンテンツは私達に良い作用を与えてくれるだけではありません。

 

例えばどの様な薬でも副作用があり過剰摂取をすれば大変危険です。そして日常的に摂取していると薬が効きにくくなったり薬を摂取する事に依存してしまう事があります。

 

おい!ネガティブコンテンツそっくりやんけ!おい!おい!なんならネガティブコンテンツの蝕み方は薬を通り越して、ド◯ッグのそれに近い物があるやんけ!おい!おい!

 

僕だってネガティブコンテンツは100%悪い物とは思っていません。今でも自分もネガティブな物に触れる事で楽な気持ちになる事もあります。

でもネガティブコンテンツの過剰摂取や依存は大変危険であると感じています。そこから抜けだせなくなれば間違い無く人生を狂わるし、良い方向に行く足もガンガンに引っ張ってきます。

何より人間は弱く、ネガティブコンテンツに一度触れたら過剰摂取しないという方が難しいです。

 

しかもなお前ら!ネガティブコンテンツを作ってるやつらネガティブを売り物に出来てるからな!お前らと違ってちゃんと商品に出来てるから!その時点でお前らと全然違う生き物だし社会にガッツリ適応してるからな!救いたいとか言っててもあいつら自分が救われたいだけの事多すぎだからな!お前らの事なんかどうでも良いと思ってる事多いし、全然いざという時助けてくれないからな!某ネガティブ人間に大人気の漫画家とかインタビューで「あれは狙って描きました(笑)そしたらヒットしちゃった(笑)」とか言ってたからな!ダマされるなよ!

 

◎なぜネガティブコンテンツは流行るのか

ではなぜネガティブコンテンツはこんなにも流行っているのでしょうか。

 

①共感できる

この世で最もヒットしやすく、初歩であり究極である表現、それが共感です。

音楽・映画・小説・演劇・お笑い等様々なジャンル、そして現代からいにしえまで様々な時代を見ても、共感の要素が一切入っていない表現は少なく、共感にはある程度の普遍性があります。

更にその中でもネガティブ性のある物は音楽1つをとっても西野カナからSyrup16gまで入っているという事からも分かる様に、めちゃくちゃ広い層にヒットします。

どれだけ明るい風に見える人でも、ほとんどの人間はネガティブなのです。

なので共感というジャンルの中でも一番広くて、誰かにはヒットするから勇気を持ってはっきりと言うと簡単なんですよね。勿論あまり多くの人には当てはまらないネガティブさもありますが。

 

そして人間は弱く、共感には「世の中には自分と同じ様な人がいる」「自分みたいな生き方でも良いんだ」と人の気持ちを楽にする作用があるので、ほぼ無条件で肯定されてしまっている訳です。

 

そりゃ流行るわ、ネガティブコンテンツ!

 

②代弁してくれる

ネガティブコンテンツでも内向きの物もあれば、外向きの物もあります。

外向きの物、それはネガティブな人間の気持ちを代弁した物です、攻撃性が強い物、もっと分かりやすく言うと所謂disなんかそうでしょう。

この様なネガティブな人間の抱える気持ちを代弁した物はサブカルチャー方面ではかなり流行りやすいです。

何故ならネガティブな人間は普段自分の意思を発する勇気も無く、またもっと言うと発する場所を与えられていない事が多いので、代弁してくれている物を心地良く思うのです。

 

そもそもネガティブな人間じゃなくても日本人がその様な基質を持ち合わせているのだと思います。所謂NOと言えない日本人、思った事を発言できないのが国民性ですから。

めちゃくちゃ分かりやすい例をあげると半沢直樹みたいなコンテンツが大流行したのがまさにそうだと思います。

代弁の要素が含まれている物も、かなり広い層、中でもネガティブな人達に強くヒットしやすい物なのです。

 

③芸術性や特別感を感じる

あたしはね!!個人的にこれがいっちばん問題だと思ってるんですよ!!!ええ!?!?

 

見出しで示した通りネガティブな物には何故か芸術的なイメージがついてまわっています。

 

「何かをクリエイトする能力に長けている想像力があるあらゆる事に対して想像力が働いてしまう為精神的に暗い方向に行くネガティブ」というイメージの流れがこの世には存在します。

そしてただ何故かこれを間違った風に「ネガティブ→何かをクリエイトする能力に長けている」と無意識的に捻じ曲がって捉えている人が多く、結果としてネガティブ性に芸術的なイメージがついてまわっているのです。

 

おいおい、じゃあ極端な話、ネガティブ過ぎて病んでる人間は全員優れたクリエイターかよ。そんな訳ないだろ。

 

はっきり言います、傾向としてクリエイトする能力に長けている人間がネガティブである事は多いかも知れませんが(それも”絶対”では無い)、ネガティブな人間がクリエティブな訳ではありません。

 

そして更にクリエイティブである事が特別であるが故に、飛躍してネガティブ=特別と勘違いしている人が多い様です。

 

たださっきも言った通り人間のほとんどはネガティブだし、ネガティブという性質はマジョリティの極みみたいな物です。

 

こういう勘違いでネガティブな事を芸術的とか、特別とか勘違いして、無闇にネガティブコンテンツの深みにハマっていくのは本当に悪しき傾向だから、気をつけろよ!ネガティブな人間は超普通!超普通だからな!お前らは超普通!芸術的でもなければ特別でも無いぞ!あとネガティブを売りにしてる人間が特別に見える事かも知れないけどあんなやつらめちゃくちゃ普通だからな!その辺の人達にすげー共感されてる時点で普通!

 

◎結論

僕もネガティブコンテンツが嫌いな訳ではありません

たまにはそういう物に触れる事で救われる事も勿論あります。特にネガティブな性質を説得力として、ポジティブな方向に持って行ってくれる様な物は素晴らしいと思っています。

 

ただ距離を間違えると人生を潰されてしまうという事だけ覚えていて欲しいです。

少なくとも僕はネガティブコンテンツとの接し方をかなり失敗していたし、ネガティブコンテンツとの距離感が分かってから人生が良い方向に進みました。

 

だから今回はネガティブコンテンツを叩きたいという目的では無く、ネガティブコンテンツとの距離感を大切にしようねという意図でこの記事を書いた訳です!

 

では、ネガティブ人間の人生に幸あれ!