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サブカルを再定義しよう

最近巷でよく聞く「サブカル」という言葉。

この言葉に対して最近「どういう意味で使ってるの?」という話題がしばしば出る様に思います。

 

でも調べてもきっちり定義している様な本やサイトは出てこないし「元々はメインカルチャーに対するカウンターカルチャーうんぬん」とか「元々はSFやオカルトやエロやアングラがサブカルでうんぬん」とか言っても”今そんな意味で使ってる人いなくね?”というのが現実だと思います。そう、言葉の意味は日々移り変わっていくのです。

その弊害として「サブカル」という言葉が指す方向性があやふやになりつつあります。

そうやってこんなにも頻出するワードにも関わらずいちいち「その”サブカル”の使い方間違ってない?」とか、そこからいちいち話し合うのって正直面倒臭くありませんか?

 

そこで

「じゃあ現役サブカル男子の僕がサブカルの意味を今使われている意味で再定義しちゃえばいいじゃん」

と思ったのが今回の記事な訳です。

 

◎現代のサブカルは自分の事を「少し変わっててカッコいいと思っている」

はい出ました!答えが早速出ました!

何故こんなにも現在サブカルが時にネタにされてしまうのか、それは「少し変わっててカッコいいと思ってる様が鼻につく」と思われているからなのです。

 

元はと言えば「サブカル」や「オタク」と言えば「ただ単に気持ち悪がられる存在」でした。しかし今では時にはサブカルがおしゃれな物として扱われ、学校のカーストの上にいる様な人が「俺実はオタクなんだよねwこんな漫画が好きでw」”個性のアピール”的に使う様にまでなりました。

 

何故それらのイメージが変容していったのか。

その原因の1つ目に、インターネットの発達によりその様な立場にいた人達が意見を発信しやすい様になった事

2つ目にそれに関連してコンテンツの無料化・多様化が進んだ事により音楽・映画・本などの売上が下がり、それらのコンテンツが流行では無く嗜好品になった事があると思われます。

2つ目がどういう事かもう少し詳しく説明致しましょう。例えばCDを例にします。昔にしたアルバムと言えば数百万枚から数十万枚は当たり前、宇多田ヒカルのFirst loveは765万枚という驚異的な売上枚数を残しています。

今でもAKBグループがその様な売上を見せる事がありますがそういった1人のファンが複数枚買うケースにおいても100万~200万枚という売上にとどまっています。

所謂「CDが売れない時代」になったのです。

その事によって何が起きたのか。それは「コンテンツにおける消費者の順位の入れ替え」です。

今までいた層がCDを購入しなくなった事によって大衆が買っていた流行性のあるCDの売上は激減、一定数いる音楽オタクしか買わなかった様なCDの売上ランキングが自動的に上昇します。

この事によりメディア側は若者に対する流行を作ろうとしつつも音楽オタク達を囲います

その事と先述した様にインターネットの発達でその様な所にいた人達は意見を発信しやすいくなった事により音楽オタクの立場は少しずつ上昇していき「少し変わっててカッコいい」と捉えられていくのです。

それに似た現象がどのコンテンツでも起こった事によってサブカルのポジションが上昇

調子に乗ったサブカルと、その風潮に便乗した人達が「少し変わっててカッコいい俺」と前面にアピールする様になったのです。うざいですね。

 

しかし!!!!!

 

◎サブカルのポジションの再低下

出る杭は打たれる、調子に乗ったサブカルは叩かれる。

 

「少し変わっててカッコいい俺」みたいな顔していた人達がネットで軽くバカにされる様になります。なぜならうざいから。

その中で少しまた定義が変わり、サブカル=少し変わっててカッコいい俺みたいな顔をしてる奴が好きそうな物、及びそれらを好む人という定義へと変わりました。

少し叩かれ始めた事により「俺はサブカルじゃない!」と逆のアピールを始めた人も出てきましたが、以上の事により「サブカルというくくりは自分で名乗る物では無く他人から与えられる物」だと思います。残念ながらサブカルの呪縛からは逃れられません。

以上が僕の考える今みんなが使っている意味でのサブカルの定義です。

 

◎それでも愛そうサブカルチャー

だからと言ってみんな「なんで自分が好きになった物から離れていくの?」と僕は思います。それこそそれで離れてしまうなら心から好きじゃないし、それこそ揶揄される様な薄っぺらい見せかけのサブカルになってしまうと思います。

 

心から好きであれば1人でも、また同じ物を心から好きな人と理解しあい自分の好きな物をより楽しんでいけると思います。

なのでこれからも本当に好きなのであれば他人にサブカルと半分バカにされながら言われようと貫いていく事が大切です。

先ほど言った通り「サブカルというくくりは自分で名乗る物では無く他人から与えられる物」です。

なので僕もまたサブカルの呪縛からは逃れられません。

 

だからこそサブカルという呼ばれ方を受け入れ、その上で自分の好きな物を全力で楽しんで謳歌していこうと思います。

趣味は他人と比較する物では無く、自分が楽しめるかどうかにのみ優劣が存在するのです。

 

おしまい。